感情がわくのを防ぐ、わいた感情は、早めに消すと言うことと、「あいつがこういったからだ」という関わりとを切り離して考えるということ。
2500年も前に、、感情と関わりとを切り離して考えると言うことを考え出したと言うのはやはりすごいことだと思います。
まずは感情のことからいうと、やはり反応しないということになります。無駄な反応が不快な感情をわかせるからです。
「私はあなたが差し出すものを受け取らない。あなたの言葉はあなただけのものになる。そのまま持って帰るが良い」
相手の言葉を受け取らないということは、私がコントロールできることですよね、
そもそも、相手が私に何か言ってくるのも、それに対して私が怒るのも、「相手も自分と同じように考えているからだ」という思い込みがあるからで、もともと違うんだと思えば、相手が何を言おうとしようと、「ふーん、あなたはそう感じるんだね」と理解できます。
また、相手に反応するのは「自分の方が正しい」という思い込みもありますし。当然これも妄想ですよね。そんなのないんだから。
相手は相手、私は私、もともと違うんだから違うことあって当たり前と考えることで、「無反応」の土台を作ればいいんですね。
「心の半分を前に、もう半分を後ろに」
いや、でもどうしても言い返したい。
反応しないどころではない。
言い返したい!
・・・というのが人間です。無反応しなさいだけではなかなか難しい。
でも、ちゃんとブッダは、そんな人にも方法を教えてくれてます。
それが「心の半分を前に、もう半分を後ろに」ということです。
心を半分に分けて、ひとつを前を見ることに、もう一つを自分の心をやることに使うという意味です。
前を向く心では、ありのままに客観的に見ます。「なんてこというんだ」とか「それは違うだろ」なんて思わず、「こんなこと言ってるんだ」と客観化にわかろうとする
そして、後ろを向く、つまり自分を見る心では、「怒ってないね。反応してないね。」と自分に妄想が沸いていないかどうかを見る。
これがバランスよく均衡することで無駄な反応をしなくてすみますが、ちょっとでも後ろの心がぐらつくと、一気にどーっと反応の渦に押し流されてしまうというわけですね。溺れます。私たちはよく溺れるわけですが。
この人には負けないぞ、とか、こちらの方が正しいのだから通さなければという妄想に陥らないように、龍瞬氏は、大きく息を吸って「覚悟を決めて」相手をただ理解するようにしようと語りかけます。
これが、感情がわかないようにする、というお話です。
では、もう一つのを「関わり」なついてはどうなんでしょう?
それについては他の稿で。
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反応しない練習
